私のはじまり

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北海道の帯広市で商売を営む厳しい父と
怒られた記憶がないぐらい優しい母
そして、年子の兄のもとに生まれた私。

 
父と母は商売をしていたため、
兄と私はいつも祖父母の家や近所のお宅に預けられ、
毎日遅くまで働く父母の帰りを待っていたものです。

 
兄が大好きな私は、よく兄の後を追いかけ、
草野球や鬼ごっこをしていた兄たちの仲間に入り、遊んでいた幼少の頃、
母が体調を崩し、札幌の医大病院に入院してしまったんです。


当時、
私は小学二年生で、母の見舞いに行くときは、
子ども心に父と兄の三人での列車の旅と思っていて、
母の病状も知らず、いつもウキウキしながら札幌に向かっていました。

 
そんなある日、
運動会の次の日に母の見舞いに行ったんですが、
いつもは家族で病室にいるのに、
この日、私と兄は、話が終わるのを病室の外で祖母とずっと待っていて、
父と母だけが二人きりで病室にいました。

 
そして、
その日の見舞いの帰り、いつもは笑顔で手を振る母が、
この日はなぜか涙を流し、兄と私に手を振っていたことを思い出します。

 
  
見舞い後、
帯広に帰り、朝、目が覚めると父がいなく、
学校から帰ってくると母が亡くなったことを知らされました。

 
 
父は母を迎えに行っていて、夕方に母は無言での帰宅。

 
 
兄は凄くショックで部屋の隅で泣いていたんですが、
私自身は当時小学二年生。

母が亡くなった悲しみをまだ実感することなく、
いとこたちが集まってくるのが、嬉しい気持ちになっていました。

 
 
でも、その後、
学校での行事や運動会、親子遠足、参観日などのいろいろな場面で、
「母がいない」という悲しい思いがジワジワと湧いてきて、
小学校の頃よりも中学、高校と年を重ねていくごとにその思いは強くなり、
母に会いたいという思いが募ってきたものです。
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つづき・・・・・私の進むみち
 

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