私の進むみち

母が他界してからは、
商売で忙しい父の帰りを兄と二人で寂しく待つ日々。

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当時の父は、まだ33歳。

 
私たちを育てなくてはならないと親戚から言われ、
子どもがいる女性とお見合い結婚をしましたが、
その結婚も2、3年ぐらいしか続かず。

 
その後、
兄と私は、祖父母の家に預けられ暮らすことになり、
兄も寂しい気持ちと格闘しているのか、
その気持ちの先は、私に向けられたような気がします。

 
いつも喧嘩で負けてしまうので、この頃は兄のことが嫌で、
「母がいてくれたら・・・」
と寂しい気持ちで祖父母の家で暮らしていました。

 
 
そんな日々でしたが、
二人の叔母の家には、いとこたちがいたので、
その叔母たちの家に泊まりに行き、
いとこたちと遊ぶことで、
寂しい気持ちを紛らわしていました。

 
いとこたちを、自分の弟、妹のように思い、
学校が休みの日などは、デパートに連れて行ったり、
一緒にクッキーを焼いて食べたり、
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いとこが眠くなると寝かしてあげたりしながら、
休日を過ごすこともよくありました。


兄が東京の高校に進学が決まり、
父も二度目の再婚をしたので、
中学三年生の時に祖父母の家から、
父と新しい母が暮らす家に戻ることに。

 
高校二年生の頃から、
アルバイトをして、女友たちや男友たちが多くなり、
高校生でありながら大人の世界も体験するようになる。

 
でもそれで、
父や新しい母にも反抗をするようになったり、
父を困らせたり、怒られることが多くなったり。

 
義母に対しても、実母ではないという思いから
「なんでわかってくれないの!?」
と、ぶつかることも度々あり、
一緒に生活することが苦痛に思えることもありました。

 
 
それでも、
父の経営する靴屋でアルバイトをしていたこともあり、
父の働く姿を見ることで、父を尊敬することができ、
大きな反抗期まで行かずに高校生活も終わりに近づき、
進路を決める時期に入ったのです。

 
そこで、初めて
「自分はこの先、いったい何がしたいんだろう?」
と考えたんです。

 
いろいろと思い起こしていくと、
小・中・高校と、いとこたちを、
時には「姉として」、時には「お母さんとして」面倒を見ていると、
いとこたちが愛おしかったことに気づくことができたんです。

 
そう考えていくと、
いとこたちだけではなく、もっといろいろな子どもたちと接していたい、
子どもに関われる仕事がしたいという思いが強くなり、
保育の専門学校に進学することを決めました。

 
 
つづき・・・・・遊び?学び?

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